當真あみ・中島セナら、映画『終点のあの子』公開記念舞台挨拶に登壇

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「終点のあの子」公開記念舞台挨拶
「終点のあの子」公開記念舞台挨拶

女優の當真あみが主演する映画『終点のあの子』の公開記念舞台挨拶が24日、東京・テアトル新宿で行われ、共演の中島セナらと共に登壇した。

柚木麻子氏のデビュー作を吉田浩太監督が映画化した『終点のあの子』は、23日からテアトル新宿ほか全国で公開されている。この日の舞台挨拶には、當真あみさん、中島セナさん、平澤宏々路さん、南琴奈さん、そして吉田浩太監督が登壇し、作品への思いを語った。

本作は、ゆらぎやすい女子高生の友情と複雑な心情を描いた青春群像劇。世田谷区の私立女子高校を舞台に、中学からの内部進学者である希代子と、高校から入学した外部生の奥沢朱里の出会いと関係性の変化を中心に物語が展開する。當真さんは希代子役、中島さんは朱里役をそれぞれ演じ、互いに惹かれ合いながらも不安定な関係を築いていく女子高生の心理を繊細に表現した。

また、希代子と朱里の同級生役として、平澤さんが奈津子を、南さんが恭子を演じている。吉田監督はこれまでも『好きでもないくせに』や『愛の病』などで女性を主体的に描いており、今作でも狭い世界に固執する女子高生の切実で痛切な心情をリアルに描き出している。

舞台挨拶では、司会が『終点のあの子』で描かれた高校生たちの揺れ動く心や自意識について質問を投げかけた。

10代の感性やリアリティを役柄と重ねて感じたシーンを尋ねると、當真さんは「自分と希代子の性格が近いと感じました。周りに合わせて行動する点は学生ならでは。特に印象に残るのは、朱里のノートを皆に共有し、クラスで話すことになった際、希代子が朱里に話しかけに行くと、急に『橘さん』と呼び方が変わるシーンです。鳥肌が立ちました。学生の柔軟さと残酷さ、そしてグループ構成が移り変わっていく点が非常に学生らしいと感じました」と振り返った。

司会がクラス内のパワーバランスが透けて見える瞬間に大人も既視感を覚える、と共感を示すと、吉田監督は「希代子から朱里への呼びかけはさまざまに変わります。親しい時は『キョン』などと呼ぶのですが、一気に距離感ができた時に『橘さん』と呼ぶようになる残酷さは、原作にもあり、意識していました」と呼び名の変化に込めた意図を明かした。原作のセリフなども忠実に描かれたかという問いにも、監督は「もちろんです」と頷いた。

中島さんは「朱里が劇中で絵を描いて美大に進むのですが、私自身も絵が好きで描きますし、性格が最も共感でき、近いと感じました。自由を求め、マイペースなところがあるので、縛られずに何かをしたいという気持ちに共感しました」と自身と役柄の共通点を挙げた。司会が急に知らなくても話しかけたりするかと尋ねると、中島さんは「ないかもしれません」と苦笑した。

平澤さんは「この作品を撮っていたときが高校2年生で、本当に自分の役と近かったです。皆が制服を着て教室にいる時が、最もあのクラスの空気感そのものを感じました。和気あいあいとした雰囲気と、常に存在する緊張感が印象的で、今でも覚えています。奈津子としてそこにいる時は、自分がその役と非常に近いのだとより実感させられる空間でした」と、当時の感覚を鮮明に語った。

南さんは「私も撮影当時高校3年生で、実際に学生だったので、リアルに皆の空気感を感じながら撮影していました。希代子に対して、朱里への悪口などで急に仲間意識が生まれ、距離が近くなったりします。仲良くなったと思えば、また急にそれが敵に変わったりと、心理描写が深く描かれていると思いました。呼び方もやはり印象的で、自分でも『ここでは希代子ちゃんって呼んでるけど、ここからもっと距離が近くなってキョンって呼び始めたり』という台本を見て、鳥肌が立った箇所でした」と、當真さんと同じく呼び方の変化が心に残ったと語った。

実年齢に近い役を演じることに関して、吉田監督は「みなさんはキャスティングの段階から、キャラクターの資質がご自身に近い方を選ばせていただきました。その部分を互いに共有したら、細かいことは言わずに、かなりお任せするという点が大きかったと思います」と説明した。

大人になった今、演じた役柄に声をかけるとしたら何と伝えるかを司会が問いかけると、當真さんは演じた希代子について、「私が演じた希代子は、皆に置いていかれることに焦りを感じたり、特別な存在に憧れたりもする一方、皆と同じところにいたいと願う、周りに流されているような女の子でした。正解を探そうとしてもそれぞれに正解があり、ベストな形はその時絶対にわからないので、感じたことをとにかく信じていたら良いと思います。振り返って『こうだったな』と思えるのも人生経験です。大人になれば成長できていると思うので、焦らずに、心のままに動いていてほしいと願っています」と希代子にエールを送った。

中島さんは朱里について、「朱里は助言を素直に受け取るタイプではなく、助言は響かないと思います。自分の道を独自に進むことには責任が伴うため、周りに頼るのが難しくなると思います。自分の行動に責任を持つことを伝えられたらと思います」。司会が朱里の揺らぎをどう感じたかを尋ねると、中島さんは「強く見えても、クラスメイトや希代子との会話の中で、自分の脆さ、振り回されることと振り回すことという揺らぎは、やはりあったという印象を受けました」と語った。

平澤さんは奈津子への思いを語った。「現場が終わったとき、プロデューサーさんに『大変だったでしょう』と声をかけていただき、今でも覚えています。その言葉をかけてもらった瞬間に涙が溢れました。奈津子が一人になった時にかけてほしかった言葉だったと感じています。奈津子の中で、放っておかれたと感じたり、寂しさや疎外感を覚えていた奈津子に対して、その言葉が最も救ってあげるきっかけになると思いました。もし目の前にいたら、『大変だったね。寂しかったよね』と声をかけてあげたいです」と、奈津子の心情に寄り添いながら語りかけた。

南さんは希代子に声をかけるならと問われ、「希代子は、人からの評価や、どう見られているのかに最も敏感だったでしょうし、逆に人を評価する部分もあると思います。弱さをあまり見せたくない性格で、それを隠すように強がったり、彼女の中で多くの葛藤があったと感じます。その気持ちは私自身も学生時代に通じるものがあったので、声をかけるより、抱きしめてあげたいです」。司会がどのような気持ちで抱きしめるのかを問うと、南さんは「もう少し肩の力を抜いて、素直になってもいいのにな、と思いながら役を見ていました」と、希代子の内面に寄り添った。

この日のキャストの衣装カラーリングが、演じたキャラクターのイメージカラーであることに触れ、吉田監督は意図を説明した。「朱里は自由を象徴する青色です。希代子は自分の色を探す物語の主人公で、朱里に憧れていた青から憎しみに反転していく意味合いで赤色を着ています。赤から希代子の世界を示すピンクへと変化し、大学生になった森ちゃんが着るオレンジは、森が自分の色を見つけたことを表します。このように色で『あなたも自分の色を見つけなさいよ』というメッセージを希代子に伝えているのです」と、色彩が物語の重要な要素であることを語った。

映画の色彩表現は重要な要素であり、その視点からもう一度作品を楽しんでほしいと司会が述べた後、キャスト陣に自身を表す色は何色かを質問した。

當真さんは「私は赤です」と即答した。「赤が好きで、洋服や小物で赤を見つけるとときめきます。私自身は、この映画の赤とは違う捉え方で、溌剌とした明るく情熱的なイメージを持っています。そういった色が似合う人になりたいという気持ちも込めて、自分の色に設定したいです」と、自身の目標と色を重ねた。

中島さんは「自分の色を決めるのは難しいのですが、私も朱里と同じ青、寒色系だと思います。洋服などで青を取り入れるのは難しいと感じますが、見ていても非常に良い色だと思いますし、これからも挑戦したい色でもあります」と青への思いを語った。

平澤さんは「私も自分の色を考えるのは難しいと思い、いろいろな人に聞きました。しかし、自分に惹かれる色は、淡い水色や紫色が多く、柔らかさのある水色が近いと思っています。オレンジは珍しい色だと感じます。面白いですね、色とは」と回答した。司会がオーディションで自分らしい色を身につけることがあるかと尋ねると、平澤さんは「私はシンプルな服を着ていくことが多く、黒に白のような分かりやすい色を着ることが多いです。指示された時にストンと落とせるようにと、白を着ることが多いので、淡い色って合っているのかもしれません」と明かした。

南さんは「私も水色です。単に好きだからなんですけど。撮影とかでクランクアップした時にいただくお花の色が、ほとんど水色でした」と、自分の好きな色が自然と集まるエピソードを披露した。司会がそれが皆の共通認識かと問うと、南さんは「伝えてはいないのですが、そういったことが多くて、自分も好きな色ですし、イメージで選んでくださっているのだろうと想像しています。水色です」と語った。

キャストへ贈られた花の色も役柄のイメージカラーだったかと司会が確認すると、吉田監督は「もちろんです。そうだと思います」と答え、会場からは笑いが起こった。

作品にちなんで、自身がやってしまった『取り返しのつかないこと』について司会が質問すると、當真さんは「私は特にありません」と明言した。「学校生活では、友達とどれだけぶつからないようにと意識して過ごしていました。仲の良い友達と少しぶつかっても、関係が修復できるなら絶対ぶつかった方が良いと思うタイプです。進路選択も、その時楽しかったと思えたことが一番だと思っているので、あそこでこうしておけばという後悔も少なく」と語った。

しかし、唯一の後悔として「沖縄で育ったので、中学も部活をしていて、真っ黒に日焼けしていました。日焼け止めを塗らなかったことを深く後悔しています」と告白した。當真さんは「これから大人になる私に色々言われそうなので、徹底しようと思います」と反省した様子を見せた。司会が日焼けでワントーン暗くする指示が出たらどうかと尋ねると、當真さんは「夏の撮影とかで、途中で『あみちゃんワントーン暗くしようか』と言われたりしたら、少し『やばい』と、グサッときます」と笑いを誘った。

中島さんは「毎日が取り返しのつかないことだと考えています。良いことも悪いことも、絶対に取り戻すことはできませんし、元の形で戻ってくることもないと思うので、本当に刹那的で、毎日が本当に取り返しがつかないものだと思っています」。司会が今なら気をつけたい『取り返しのつかないこと』はあるかと尋ねると、中島さんは「有効に時間をもう少し使えたかなとは思いますね」と語った。

平澤さんは「私も考えたときに難しいなと思っていました」と前置きし、「今受験シーズンということもあるので話しますが、中学受験をしたのですが、あのときもう少しサボらず勉強していれば良かったなと、今になって思います。当時は大変だと思って、『今日はいいかな』と言ってサボってしまったりしていました。あの時サボらなかったら、今とは違う学校に行っていたかもしれないし、違う道があったかもしれないなと思うと、あの時やっていたらどうなっていたんだろうと、今振り返ると感じます。しかし、あのときサボったからこそ、今こうしてこの道があって、今の仲間たちと出会えることもありますので、そういった意味では、あのときサボって良かったなと考えることもできます。難しいです」と、後悔と同時に肯定的な見方も示した。

南さんは「私は、学生時代に前髪や眉毛を自分で切りたいと思ってしまい、朝準備している時に洗面台とかで、時間がなかったため、ガタガタになってしまったんです」と、学生時代の可愛らしい失敗談を披露した。「変にアシンメトリーになっていたのに、それに気づかず、学校に行っていたり。友達に少し格好良い眉毛をしている子がいて、それに憧れて、思い切ってやってみたこともあります。それですね。今だったら絶対しないと思います」。司会が当時すでにお仕事を始めていたかを尋ねると、南さんは「始めていました」と答え、司会が大丈夫だったかと心配すると、南さんは「マネージャーさんにも『少し雰囲気変わった?眉毛自分でいじった?』と、度々聞かれていました」と明かした。

最後に、中島さんは「この映画は、大人の方々も学生時代の痛みや楽しかったことを思い出すものになっていると思いますし、学生のみなさんも、今どう過ごしているのかということを思い、考えるきっかけとなる映画になっていると思うので、何かこの映画を見て感じてくれたことがあったら嬉しいです」と作品への思いを述べた。

當真さんは「この作品の登場人物たちは皆、何かに焦りもがき、多少苦しみながら生きているのですが、周囲に気を取られ、自分のことが見えなくなっていることが多いです。私自身もそういう時はたまにありますし、皆さんも何かに追われていたり、一生懸命になっていると、同様の状況に陥ることがあるでしょう」と語りかけた。「希代子さんにも言ってあげたいのですが、心の底から自分の心の声を最優先に大切にしてほしいと願っています。この作品を見た方にも、本当にそれを大切に、自分の人生を大切に過ごしていってほしいと思います」と、作品に込めたメッセージを改めて強調し、舞台挨拶は締めくくられた。

映画『終点のあの子』はテアトル新宿ほか全国公開中
配給:グラスゴー15 (c)2026「終点のあの子」製作委員会

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